Secret Garden no.1 Type TB
65 x 81 cm

2月に入りました。

マドリードも寒い日が続いています。
ただ、日本と違い、この乾燥した街に雪は降りません。
毎朝、私は寝ぼけたまま、学校に息子を送り届けるのですが、
外に出た瞬間、あまりの寒さに目が覚めます。

さて、絵が一段落したので、昨日プラド美術館に行ってきました。
私が好きなFortunyという19世紀の画家と
現代作家の蔡國強氏の展覧会を見てきました。
全く対照的な展示でしたが、どちらも凄く見応えが在り、
大変勉強になりました。

Fortunyはもともと好きで、画家としてのレベルは大違いですが、
大きく分けると私と似たようなタイプの画家なので、
彼の絵を見る時は、どんなテクニックを使っているのかと、
ついそっちに目がいってしまいます。
ただ、彼の筆さばきは超絶で、とても真似なんかできません。

また、蔡國強氏のように自分と違うタイプの画家の絵を観る時は、
技術に目を奪われる事なく、その絵自体が持つ世界観を感じ、
自分の中の既成概念にとらわれることなく観れるので、
テクニックとは別の、面白い発見をする事が出来ます。
その後、蔡國強氏も昔は具象絵画を描いていたと言う記事を読み、
どうやってあのスタイルに辿り着いたのか?と、
ますます興味が沸きました。

ピカソが残した言葉に、
「人は花の造形や色を見て、単純に美しいと感じられるのに、
なぜ、絵に対しては、
対象物の意味や何を描いているのかを求めるのだろうか?
なぜ、純粋にその造形や色自体を観れないのだろうか?」
と言ったものがあります。
まさに私も絵に意味を求めてしまう悪習があり、
その時は自分がまだまだだと言う事を痛感させられます。

Fortunyは36歳と言う若さでこの世を去りました。
あれだけの天才ですから、生き続けていたら、
その後どんな絵を描いたのだろうか?と、
叶わなかった彼の晩年の絵がとても気になります。
とはいえ、彼は若すぎて次のステップなんて考えていなかったでしょうし、
時代的にも絵描きのスタイルが変わるような事はなかったでしょう。

一方、蔡國強氏は写実的な絵画にも力を持ちながら、
年と共に作品のスタイルが変わっていったようです。
生きてる時代が違うとは言え、どちらも天才。でもまったく違う人生。
当たり前のことながらも、いろいろと考えさせられます。
そして、この二人を同時に展示するプラド美術館の懐の大きさも凄いです。

とても良い影響を受け、また絵に取り組む気持ちを貰いました。
早速、アトリエに戻り、絵を描き始めました。
今は来月の個展に向けての絵を制作しています。
福島いわき市での展覧会を楽しみにして、
あと残り4週間、作品制作に集中します。

神津善之介 拝

ギャラリー>新作 更新しました 2016/11/18