神津 善之介 公式サイト

モロッコ旅日記 2002年3月15日~20日


 モロッコ旅日記 2002年3月15日~20日
皆さんは元気でやってますか?僕は無事、砂漠から戻ってきました。
この旅で、僕の体は少し疲れましたが、心はとてもとても元気になりました。
サハラ砂漠は凄く良かったです。いろいろな事を感じ、学びました。
そこで、今日は向こうで書いた旅日記をこのコーナーに載せたいと思います。
 
 出発前 ここ一年くらい砂漠が見たいと思っていた。
数年前に親父がモンゴルのゴビ砂漠に行った。その話のせいかもしれない。
ブラジルで馬鹿でかいアマゾン川を見てから、壮大な物にあこがれがあるのかも知れない。
もしくは、(砂以外に)何もない景色を見てみたかったのかも知れない。
まず、今居るスペインから一番近い砂漠はサハラだった。
そして、どのルートからサハラに入るのが良いかを考えると、それがモロッコだった。
それまで僕の持っていたモロッコへのイメージは何やら怪しい国、泥棒の多い国、サン・テグジュペリの書いた「星の王子様」と関係のある国、だった。
旅の前にその国のことをほとんど調べない僕は、今回も何も調べずに旅立った。
 
 3月15日 Ouarzazate(ワルザザーテ)空港に夜中に到着。
地方空港らしく小さい。でも設備はとても新しく、僕の想像よりも進んだ世界だ。
着陸時、飛行機の窓から見えた景色は、空港の周りにほとんど灯りが無く、
上がぽつんぽつんとあるだけだった。別世界に近づいた気がした。
ホテルに着き部屋のテレビを付けようとするがコンセントもアンテナも差し込む所がない。
あきらめて寝ることにする。
なぜか、いろんな人のことを思いだした。 早く砂漠が見たい。
 
 3月16日 朝、ワルザザーテのカスパ(旧市街)に行ってみた。やたらと、ガイドにしろとしつこい。子供のガイドを5DH(ディルハム:60円)で雇う。子供の方がまだ良い人と悪い人が顔に出やすい。大人になると隠すのが上手くなる。
皆、顔が砂まみれだ。
「ナイキのキャップを持ってたら僕にくれない?」とか「スウォッチは?」などと、ここも西洋文化の影響力が強い。グッチだ、ヴィトンだのって日本も一緒だなと思う。
この国は何事もお金の駆け引きが生じるらしい。最初のうちはこの駆け引きが面白い。
すると騙されるか、とことん疑うか、だが、僕は騙されたとしてもいろいろと見てみたい。
なぜ騙されても良いかを考えると、それはまだ僕が彼らに心を許して、彼らが僕にとって大事な人ではないからだ。だから僕は傷つかない。
午後はザゴラ(サハラ砂漠への入り口、アルジェリアとの国境)へと向かった。
ワルザザーテ、ザゴラ間の景色は凄い。とてつもない時間を経過した山岳や渓谷は強烈な存在感や説得力を持っていた。
しかし今日も砂漠は見られず。なかなか簡単に砂に触れない。
ザゴラで砂漠行きのエクスカージョンを探す。ここでも料金で、もめる。何軒かその手の代理店をのぞき値段交渉。いい加減、駆け引きに疲れる。最初の代理店の人が一番親切そうだったが、欲を出して他を探すうちに、違うところに捕まった。
Pixa(最初の代理店の人)はいい人だったのにと、少し落ち込む。
けれど、夕暮れは美しい。
 
 3月17日 やっと今日、砂漠に会える。えらく早くに目が覚めた。運転手 のモハメットが良い人そうで安心する。しかしアラブ語か、ちょっとのフランス語(モロッコはフランス語)しか話せないので、ショコラン(ありがとう)、ゥ ワハッ(O.K.)、STOPと、ジェスチャーのみで会話する、通じてたのだろうか?
行きの車の中はアラブ音楽が流れていた。この景色にはよく似合う。キューバの時はサルサ、ブラジルではサンバ、やはりその国で生まれた音楽はその国で聞くのが一番だ。
砂漠に着くまでがえらく長い。簡単に砂に触れると思ったが甘かった。
これでもかと荒野、石と岩の世界が続く。砂漠と言っても砂だけではないらしい。
そしてやっと砂が見え始めると、やたらと興奮してくる。
やっと逢えた憧れの女性のようだ。僕は君を一年以上想っていたんだ。
砂を見る前には、実際見たら何を感じるか、いろいろ思い描いたが、本物を見ると嬉しさと興奮で落ち着いて考えられない。いろんな事が一度に頭に浮かんでくる。
途中、オアシスに立ち寄る。オアシスはオレンジ色の空気が流れていた。まるで、砂漠には時間の動きがあって、オアシスは止まっているかのように、穏やかで静かだった。
らくだと、羊の鳴き声だけが砂の壁に優しく響いていた。
サハラの砂は海岸で触ったことのある砂とは違い、もっと細かくて軽い。そして砂と風が作る線模様はとても美しい。ほとんど何の音も聞こえない。風にあたる物がないからだ。
奥に行くに従って砂だけになり、偉大な景色は迫力を増す。そして、砂だけの景色を夕日がオレンジ色に染めていく。 立体物と光。ただそれだけの世界。
この景色を見て「うおー、すげー、楽しー、もう、死んでもいいや!」と思った。
なかなか無いが、希に気に入った絵が描けたときにもそう思う。
もう死ねる。と思うことで生きてる実感を味わえる。
自然という物には、強烈な説得力がある。しかし人に押しつけてくる物がない。
それは無であり、0であると思った。プラスでもマイナスでも無く、見る者の気持ちを反映してくるだけだ。そして、その圧倒的な迫力はとても静かな物だと思った。
砂は風に流されやすく留まらない。、太陽で熱せられるが、夜にはすぐ冷えてしまう。
風一つで模様も変わってしまう。けれど、砂漠はそこに何万年と居続けている。
その「在る」と言うことが凄いんだなぁーと思う。
なんか人間と似ているような気がする。状態とか理由とかじゃなくて「居る」と言うこと自体が凄いことなんだ。生まれて、この世に居るって事がもうすでに奇跡なんだと思う。
日が落ちた後の砂の色がとても綺麗だ。悲しくて、でも温かい、優しい色。薄紫とベージュ。
テントに入り晩飯を食う。飯よりも星空が気になる。凄い。
親父の言葉「宇宙に立体感がある。」そして、「謙虚な気持ちになれる。」をやっと理解した。
 
 3月18日 一夜明け、恐ろしく美しい朝焼けを見る。誰のためでもない朝焼け。
感動の原点とはそう言う物なのかも知れない。愛とも似ている。何かのためでない物・・・。
モハメットと心が通じ始めるが、もう帰るために出発である。
砂漠を後にしてザゴラへと戻る。口数が減る。
モハメットと別れ、別の車でマラケシュまで8時間走る。景色の中にやたらと子供が多い。
あの子供は大きくなるとどこに行ってしまうのだろう? 夜、マラケシュに到着。
凄い人の数だ。砂漠からだとその差に戸惑いを感じる。
なんか怪しい、猥雑な空気。
 
 3月19日 この街には歩行者用信号がない。
スペインでも日本でも信号無視の僕には好都合。
ここはいろんな人種が混ざり合っている。頭に巻く布一つでも宗教的、国的、部族的と多種多様だ。女の人も目以外全て隠す人、頭だけの人、何も隠さない人といる。
肌の色も様々だ。年寄りはここでもキューバやブラジルと同じ様に良い顔をしている。
逆に、若い奴らが皆悪そうに見える。子供は可愛いが写真をいやがる。
マーケットの中に入っていく。ぼろぼろの長屋の様な建物の中に凄い数の店が並ぶ。
まるで迷路のようになっている。奥に行けば行くほど怪しげな空気を感じる。
この怪しい感じ、危険な感じが僕はたまらなく好きだ。いろんな値段の駆け引きを楽しみ、こっちの人(特に砂漠の人)が普通に着ているジェラバという上から 下までつながった被って着る服を商売気のない店で安く買う。後で自分で着てみるが彼らのように格好良くなく、ただのゲゲゲの奇太郎のネズミ男になってし まった。ショック。
ますます奥に入ると、いつの間にか観光客は全くいなくなり、明らかに地元の、その中でも恐そうな人たちのいる横町に出ていた。そこで悪い方たちに捕まり、金を要求される。
けれどそのシチュエーションを全然怖く感じず、逆に楽しむ。得意の屁理屈でしつこく粘り、彼らに諦めて帰って頂く。「Do you like problem?」という脅かしには呆れた。
多分、運が良かったのだろうがマラケシュの悪い方達は諦めるのも早いし、脅かし方も弱い。あれなら中学の時にからんできた不良や、こっちにいるモロッコ人の 強盗団の方がよっぽど乱暴で怖い。今回のことは、むしろ面白い経験になった。
 
 3月20日 最終日。この国はとても乾燥している。ずっと太陽と面と向かっていたので、顔がヒリヒリして皮がボロボロむけてきた。
顔のためのクリームなんてないので、リップクリームを顔中に塗りたくる。
もう6日が過ぎたことの実感がない。いや、なぜかもっと長い時間旅した気もする。
普通のことのように飛行機の出発が大幅に遅れる。
帰りの飛行機の中で、ウォークマンを聴きながら、この世はステレオでもデジタルでもないのだと考える。(当たり前のことだが)
僕らは二つの耳で音を聞くから、たまに僕はヘッドフォンから聞こえてくる音を全てだと思ってしまったりする。
写真を見て現実にその物を見た気分になってしまったりする。
また、日本やヨーロッパに住んでいると凄い数の情報が向こうから僕らの元へやってくる。
そうすると、とても全てを受け取れないから、勝手に余分な物、無駄な物を捨てる。
僕はまるでデジタルのように余分な物を排除して、簡単な考え方に慣れてきている。
いかに速く、上手く情報を選択していくかに疲れてしまう。
でも、この世の音はいろんな所から、いろんな大きさで、いろんな感じに聞こえてくる。
目の前にある物、景色はもっともっと何かを、目や心に伝えてくる
僕は旅の前にもうすでに砂漠とはどういう物かを知っていた。
けれど、目の前の本物の砂漠はもっといろんな事を僕に伝えてくれた。
それは余分な物かも知れない。でも僕の体はその余分な物を喜んだ。
必ず、また僕は旅に出る。 余分な物を探しに。
Pixa、モハメット、ガイドの子供たち。
皆いい人達だった。
これで僕はマドリードに帰り、また現実の世界での生活が始まる。
彼らも次の客を取る。
お互い、だんだんと忘れていくのだろう。確実に。
でも何かは残る。そう願う。・・・何か、僕の場合、それは絵かも知れない。
 

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