神津 善之介 公式サイト

2012年5月


「今月も先月の続きで息子について書かせて頂く。


まず、あなたが初めて飛行機に乗ったのは幾つのときだったかを思い出して欲しい。

私は5歳頃だったと思う。

私の息子、ウノは言うだろう。「僕は4ヵ月の時でした」と。マジ早くないか?!

そんなに早くに飛行機に乗せたら体に良くないよなぁ。私たちも分かってはいる。

しかしスペインで暮らす私たちの子として育つため、ユーラシア大陸の東の端から西の端へとわずか4ヵ月で彼は飛び立った。

(BGMは中島みゆきの「地上の星」)


「飛行機の中のウノ」

 

全日空で飛び、ミュンヘンで乗り換えマドリードへ。

CAさんが皆とても優しく綺麗だったので、ウノは大喜び!

そのうえCAさんの中にスペイン人の女性がいて、ウノをもの凄く可愛がってくれた。勿論ウノのテンションは上がりまくりだった。

また、それによってウノがかなりのお姉さん好きである事が判明、それも外人さんが好き!

誰に似たの?(横から鋭い視線)

・・・うーん、あ!そうだおじいちゃんだ。きっとおじいちゃんに違いない。ねぇーウノ。頭の形もおじいちゃん似だもんな。

なぜか、私が変なとばっちりを受けながらマドリードへと到着。

 

引っ越しか?と言うくらいの大荷物でマドリード空港に到着し、かなりの違法移民臭を出しながらの入国検査。

勿論、荷物の中身を聞かれたがウノを抱えて見せると無言で出口を指差され、無事荷物チェック終了。

 

夜遅い便で到着したにもかかわらず、スペインで世話になっているフェルちゃん夫妻とコンピューターの師匠の篠原さん、そして絵描き仲間のホルヘの3組が車3台でお出迎えをしてくれた。ウノと一緒だとかなりのVIP待遇だ。

皆の優しさに泣きそうになるが、全員に「お前のためじゃねえよ。お前はタクシーで帰れ」と言われ、別の意味で泣く。


「ソファベッドでご機嫌なウノ」)

 

スペイン2日目。

3人とも時差でボンヤリしている。嫁は久しぶりのスペインに少し戸惑いながらも、だんだんと感を取り戻していくが、ウノはもう既に絶好調!最近出来るようになった左回りのみの寝返りではしゃいでいる。ただし、寝返りしてうつぶせになると起こせと叫ぶ。

ウノはどんな状態でも基本ご機嫌。眠る前だけ眠り方が分からずグズる。

 

私たちは自分たちの勝手で生後4ヵ月の赤ん坊を色んな環境に連れ出し、また無理をさせている。

けれど、ウノはいつも明るく笑っていてくれるので本当に助かる。


ただし、このウノが絶好調なのに訳がないわけではない。

今まではリビングにあたる一番広い部屋を私のアトリエとして使っていた。

それをなんとウノの部屋へと明け渡させられ、私のアトリエは4畳半ほどの小さな部屋へと押しやられたのだ。

私の気分は江戸城を明け渡した徳川慶喜のようであり、キリスト教徒にアルハンブラ宮殿を明け渡した王ボアブディルのようであった。というほど大げさではないのだが...ね。誰かに少しぐらい愚痴りたいのだ。


「ウノの城となった部屋」

またウノ絶好調のもう一つの理由に、いつも世話になっているM氏の奥様キョウコさんが乳母のように助けにきてくれるということもある。

ウノもキョウコさんにすごく懐いていて、そのうちおっぱいを吸うんではないか?と思うほどだ。

ちなみに私の乳首も吸わせようと試みたことがあるが、鼻で笑われ、手で払いのけられた。

 

 

9月に入り、40度近くまで気温が上がるスペインの夏も終わりかけ、ウノはここの空気に慣れてきた。

そんなある日、うちのアパートの大家と上下横隣の住民たちからお祝いをもらった。

それには本当にびっくりした。

日本ではウノが生まれた時に、いつもお世話になっている方々から本当に気持ちのこもったお祝いを沢山頂いた。勿論その方々とはいつも付き合いがあり、常に可愛がって頂いている。

けれど、スペインの隣人達とはたまに顔を会わすだけで、大した会話をした事すらないのだ。そんな彼らがニットのセーターとかカーディガンなど、結構なお祝いをくれたのだ。多分ウノと散歩に出かけるところやウノの叫び声で、私たちに子供が出来た事に気付いたのだろう。

スペイン人の子煩悩さは凄いと前々から聞いてはいたのだが、まさか私たちにまでとは知らなかった。ウノが生まれたおかげで、思わぬ近所付き合いが生まれた。知り合ってみると皆良い人ばかりだった。


有り難い事にウノはご近所さんを含め、スペイン人に人気なのだが、日本に居る外人の赤ちゃんが物珍しいから可愛がられるのと同じで、東洋人の赤ん坊は大体こちらでは人気者なのだ。言ってみればパンダみたいなものなのだが、何にせよ可愛がってもらえている事は嬉しい。

 

また最近、ウノが外見でポジティブなこと(褒められるようなこと)を言われる時は「お母さんに似てる」と言わ れ、外見でネガティブなこと(顔が川底の石くらいに平べったいことや、一重の目がミジンコのように小さいこと)は「お父さんにそっくり」と言われている事 に気がついた!

ほぼ100%この法則は当たっている。どうも私はこの感じに納得がいっていない。

 


「お風呂が大好きな川底の石」

日本に居ると両方の実家に世話になっていて、沢山の人の中でウノは育っている。だが、スペインだと私たち夫婦とウノの3人だけの生活になる。

寂しかったり、人手が足りなくて大変な事も多いが、私はこの3人で成長している環境がとても気に入っている。

なんかもの凄く「親子3人で家族!」という気持ちが湧いてくる。

まぁ正直な話、ウノが出来たおかげで、嫁との喧嘩が増えたのも事実。

でも、嫁とは同じ境遇を戦う戦友のような、今まで以上の絆も深まっているのも事実だ。

また、日本では両方の実家によくしゃべるおばあちゃんがいる。

そしてスペイン人はそれに負けないくらいウノに話しかけてくる。

そんなウノは最初に何語を話すのだろう?


ところで、また質問なのだが、

あなたが初めて高級レストランで食事をしたのは幾つの時でしたか?

私の場合は多分7,8歳くらいだったであろうか?それでも早い方だろう。

ただ、息子は言う。

「私は生後4ヵ月でミシュランの2つ星のレストランで食事をしました。

いやぁー、良かったなぁ。何が美味しかったかって?そりゃぁ母乳ですよ。」

何じゃそれ?!4ヵ月でレストランデビューって!

 

またもやウノ、おかしな事になった。

ミシュランの星を持つレストランを巡り、5つ星ホテルに滞在するという、親の私たちでさえした事のなかった経験を生後4ヵ月で果たしてしまったのだ。

 

9月の半ば、いつもお世話になっているG夫妻、F夫妻が日本からやってきてくれた。

彼らはスペインの中を何カ所か回る予定だったのだが、それに図々しく付きまとった私たちまで彼らの泊まるホテルに泊まらせてくれた。勿論食事もご一緒させて頂いた。

 

私たちが夫婦そろって一流の環境にオドオドする中、一度も外泊も外食もした事なんかないウノがデビュー戦で超一流を知ってしまった。

 

ウノの食事はまだ母乳とミルクのみなので、勿論それ以外は口にしないし、ホテルとレストランがくっついているところがほとんどだったため、ウノが疲れたら直ぐに部屋に戻れたので、何も問題はなかった。

何よりウノが喜んだのが、泊まったホテルのベッドがバカみたいに広かったこと!

ベッドの大きさったら家の夫婦のベッド2つ分だし、ウノは通常ベビーベッドしか知らないのに、この時に限ってはバカでかいベッドをあてがわれたものだから超ご機嫌。キャッキャ言いながらどちら回りも出来るようになった寝返りをしまくりまくった。

私はずっとウノの耳元で「これは異常事態だぞ。これが普通とは絶対に思うなよ!」と言い続けた。


「ご機嫌ウノの期間限定ベッド」

そんな夢のような1週間が終わり、ウノはまた幅70センチのベッドの日々に戻った。でも、またそれはそれで楽しいらしく機嫌が良い。

 

10月に入り、だんだんと風が秋の匂いを含み始める。

私も個展の準備が少しずつ佳境を迎え始め、夜中までの仕事が増えるのだが、もともとの私たちの寝室はウノと嫁 が寝ていて、4畳半で深夜まで絵を描いた私はウノの部屋であるリビングのソファベッドで寝るのだ。ただそのソファベッドに潜り込んでも、朝になると二人に 場所を明け渡すために起こされる。

私は眠すぎてへろへろの片目でウノのオムツを交換し、寝室のベッドへと這っていく。

 

今まで私は超が付くほど潔癖性だった。それはどんな生活をしても変わらない性格だったのだが、ウノが生まれて からはどうでも良くなってしまった。朝のオムツ交換で手にう○こが付いても、眠いのでお尻フキのぬれティッシュで簡単に拭いただけで、手も洗わずにベッド に這って向かう。

嫁には「ウノのおかげでヨシはいろいろと成長できるねぇー」と言われる。

もしかしたらウノ以上に私が成長しているのかも知れない。


今月は沢山の友達がウノに会いに我が家を訪れてくれた。

そしてウノはやはり若くて綺麗な女の人が来ると、よりご機嫌になる。

世話になっている和さんのハーフの娘さん、親友のホルヘの嫁さん、どうも美人が好きらしい。

「こんなにはっきりと顔に出せてウノはいいよなぁ」と言う私に「気付いてないかも知れないけれど、あんたも顔に出てるよ」と嫁から鈍器で殴られるような一言をもらう。


10月の最後に羊達の大群がマドリードの街の中心を横断するという儀式がある。

これは羊飼いの南北を通るルートの中にマドリードが入っている事と、いろいろな政治的な目論見が絡み合っての行事なのだが、何よりウノに初めての羊を見せたくて私たちは街中まで出かけた。

本当に沢山の羊が列をなして歩いているので、私たちは興奮していたのだが、ウノは全く無表情。何これ?と言った感じである。千頭の羊よりも綺麗なお姉さんの方が嬉しいらしい。

ここでもう一度、しつこく書くが、ウノのこの性格は絶対に私の血ではない。


11月に入り、ウノは離乳食が始まった。するとう○こも段々固くなる。

ウノは今のところ何でも良く食べる。嫁さんはウノのメニューに頭を悩ませ、ほぼ一日中ネットや本を読んで離乳食の勉強をしている。

よって私の食事を忘れられる事もたまにある。


「ほうれん草で泥棒コントのメークのようになる」

私の方はほとんど寝る時間がないほど制作活動がピークを迎える。

制作の合間合間でウノに遊んでもらう。

ウノは自分で起き上がろうとするが、まだハイハイはできない。

ちょうど私と同世代の世のお父さんと同じように、ほとんどの時間が母と子のみで、たまに父親が顔を覗かすような感じの生活なのだが、私が顔を出すとすごく笑うので、その笑顔に元気をもらう。

 

私が家事を手伝えない代わりに、前に登場したキョウコさんがまた手伝いにきてくれる。

ちなみに彼女は猫を飼っていて、その猫はむかし私のコラムに登場したチャタと言う猫なのだが、彼女はウノの仕草をよくそのチャタと比べる。

多分、そのうちウノもチャタ同様に私を引っ掻くようになるかもしれない。

 

11月の帰国前、そんなウノとチャタは初めての対面をした。

今まで、チャタは嫁にもの凄く懐いていて、私はチャタに嫌われ続けてきた。

犬猿の中を表す時に「チャタヨシの中」と言われるくらいの関係だったので、もしウノがチャタに嫌われたら私の血が色濃く遺伝しているということになるのだろうが、この日のチャタはウノに近寄り、手をペロッとなめた。

皆が「あーユキちゃんの血を引いてて良かった!」と胸を撫で下ろした。

また嫁贔屓だ!あー気に入らない。


11月の終わり、3人で日本に向けて飛び立った。

フランクフルトを夕方出発する便の全日空の中で、ウノはCAさんに笑顔を振りまきながらもよく寝てくれた。

 

日本に着いてからの私は個展の最終準備でほとんどウノと遊べず、1日1回触るくらいの日々を過ごす。

 


「個展会場の親子」

12月、個展が始まった。

今回は嫁が個展会場での手伝いが出来ないので、慣れない芳名帳の整理などの事務処理を一人でこなす。そんな時に限って個展はもの凄い来場者数で有り難いものの、私は一人でオロオロする。

 

個展に来てくれる方々の3分の1くらいはウノに会いたくて来たんじゃないか?と思われるほど、皆ウノが生まれた事を知っていてくれ、楽しみにしてくれていた。

本当に有り難い。残念ながらウノはほとんど会場に居なかったので、ほとんどの方々と会えなかった。

ただ、日曜日の個展会場でのトークショーでは、ギタリストの堀聡君の素晴しい演奏のあと、親ばか丸出しでウノを皆の前で紹介した。

「ウノのお披露目」

無事にそして大成功で東京の個展が終わったのだが、有り難い悩みで、年末にもう一つ控えていた名古屋の個展に出す絵が足りなくなってしまった。

なので、ひと息つく暇もなく、数枚の新作を追加で描き上げる事となった。

またほとんどウノと会えない日々。

 

クリスマスイブも翌日も名古屋の個展会場で過ごす。

嫁とは離れても良いがウノとクリスマスに別々は嫌だと40男が地団駄ふんで駄々をこね、無理矢理二人を名古屋に連れて行った。

 

名古屋での個展も無事終了し、二日後の私の誕生日は渋谷のセルリアンに泊まった。嫁の寝ている間に私とウノで朝陽の中でシルエット写真を撮った。

この写真がウノから私への誕生日プレゼントになった。


「親子のシルエット」

そして3日後、気がついたら今年が終わろうとしている。

なんて速いんだ。時間の過ぎるのがもの凄く速い。特に今年は格段に速まった気がする。

 

ウノは元旦もニコニコだ。

初詣で、「これから先もこいつがなるだけニコニコしていられますように!」とお願いをした。

 

生きていたら辛い事は沢山ある。

「それに立ち向かって、それでも笑えるか」が男の度量になると私は思う。

父親である私が器の小さい男なので、ウノにはおおらかな男になってもらいたい。

 

と言う事で今月はここまで。

来月のコラムで息子の話は最後となり、通常のコラムに戻りますので、ご安心を。

ではまた来月! HASTA PRONTO!

 

 

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