神津 善之介 公式サイト

2012年2月


もう2月も終わりです。
スペインはもうすぐ春だと言うのに...
春なのに、春なのに...ため息またひとぉつぅ。by 柏原芳恵
(これが解ってもらえるのは私から上の年齢の方だけでしょうね...)

さて、私悩んでいます。

息子のこと?
いえいえ、宇之介は嫁さんがちゃんと育ててくれてます。

太ったこと?
まぁそれもですが、悩めば悩むほどそのストレスでポテチとあんこを夜中にバカ食いしてしまうので、
なるべく悩まないようにしています。

では、我が家の経済破綻?
レベルはとうにギリシャを超えていますので、いまさら悩んでも仕方ありません。

私は絵で悩んでいるのです。
大体3年に一度位の頻度で大きく落ち込みます。

そんな訳で今月のコラムは今年一発目でもありますし、最近の自分の絵の話をさせて頂きます。

まず、昨年の個展に向けて、私は19年分のスペイン生活で溜め込んだ想いや技術を、
全て出しきるつもりで絵に取り組みました。
光を描くと言うテーマを持ち、ありったけの力で自分なりの「光」を描きました。
有り難いことに、それらの絵は沢山の方々にご好評を頂きました。
それはとても嬉しいことでした。

個展が終わった後、私は全て吐き出したような気持ちで、
しばらくは絵なんか描きたくもないと言うような虚脱感に襲われていました。

しかし、時間とともに冷静に自分の絵を見つめ直すと、ここ数年悩み続けていること、
それは私の絵に行き詰まりと言うか、これから先、技術だけを磨いても同じようなスタイルで描いていたのでは、
もっと上の世界には行けないぞという強い疑念のようなものを自分の絵から感じるのです。

昨年の個展の絵がダメだと言っている訳ではなく、
あれは今までの自分の出せる力の全てを用いて描いた絵だったと思っています。
ただこれから未来に向けて進んでいくうえで、あれだけではダメだと思うのです。
風景であれ、人物であれ、静物であれ、私の心を惹き付けた目の前の美しい情景を、
ただそのままに描いていたのでは限界があるように思うのです。

勿論、私の絵はただそのまま写し取っている訳ではなく、技術的な話をすると、
自分が伝えたい部分を際立たせるための色彩的な効果を使っていたり、
余計な筆数を減らし筆の表現にコントラストを出したり、
構図の中のパース(遠近感)を変えていたりしています。

でもそれだけでは今の私が感じている問題を打破することはできなそうです。
あるがままの美しさを、忠実にあるがままに描くと言う行為には、
実に技術を必要とし、まるで修道士の修行のような真摯さを感じたりもしますが、
それでも、それは今の私の考える絵のイメージとは少し違うように思うのです。

私はもっと強い何か、解釈と言うのか、フォームと言うのか、そう言う何かが作れれば、
絵はもっと面白く、美しくなるような気がしてならないのです。
絵画全体から見たらほんの些細なことかも知れませんが、
それが写実絵画の中で大きな進歩を生むような気がするのです。
そしたら既に行き詰まっている現代の写実絵画、もしくは具象絵画だって、
何かもっと新しい世界を作れると思うのです。
しかし文字にするほど、簡単にはいかないのが現実です。
私はまだそいつのしっぽすら見えていません。

スペインではこの時期はARCOと言うアートフェアーが開催されています。
これはスペインで一番大きなアートフェアーで、ヨーロッパの中では5、6番目くらいの規模です。

日本のアートフェアーに、ヨーロッパの画廊が参加することはほとんどないので、
私はこのARCOで今の世界のアートの流行を知るのですが、
ここ数年、このARCOの中で目を引く、新しさを感じる作品と言うものに出会っていません。

これは私の趣味とか、好みとかの話ではなく、これだけ世界的な経済危機の中にあると、
アートのために使えるお金と言うものは大きく削減されている訳で、
そんな中で新しいムーブメントや新しい才能につぎ込めるだけのお金がないのでしょう。
絵であれ、音楽であれ、映画であれ、新しい才能を見つけ、そこにスポットを当てるには
それに投資するだけの金銭的な余裕が必要とされます。
とすると、少ない投資のなかで失敗したくないと考えると、
安心できるもの、解りやすいもの、既に売れているもの、クラシカルなものに偏ってしまうのでしょう。
だから、訳が解らないけど未来を感じるというような新しいものなんて出てこれない。

ヨーロッパでも日本でも、経済的に潤っていて、
訳の分からないものでも受け入れられる余裕がある時期に芸術は進化します。

また、日本とヨーロッパのアートフェアーに出品される絵を比べると、
日本の場合はロマンティシズムというか、古典的な美しさが好まれやすいように思います。
また分かりやすい絵(頭で理解できる絵)が人気のような気がします。

一方ヨーロッパは抽象であっても具象であっても
装飾的なもの(部屋の一部として格好良いだろうというもの)や、
感覚的に目を引くものが好まれるような気がします。

今年のARCOではまるで全ての作家が自分の自信作を発表するのは「今」ではないという判断を
しているのかのように、攻めた作品が見られませんでした。

と言うことは逆に今こそ密かに自分の絵の力をつける時なのだろうと思うのですが、
私の場合、それがなかなか上手くいきません。

私は今、悩みながらも、なんだかちょろちょろと暗い絵ばかりを描いています。
まるで、前回の個展で光を描くための絵の具を使い切ってしまったみたいに暗い絵ばかりを描いています。
影が美しければ光はもっと輝くはずだと、自分を鼓舞するようにはしていますが...。

とりあえず今は思いついた描き方を片っ端から試しています。まぁその結果が暗い絵なのです。
そんな訳で、空っぽの頭で悩んでも答えの鍵は見つからず、霧の中で旅を続けています。

私の両親は私が引くくらい、めちゃくちゃポジティブシンキングな人たちです。
その息子の私はネガティブシンキングな人間で、両親を羨ましく思っていますが、
当の私は悩みやすいくせにその悩みを悩み続けられる強さも持ってなく、
すぐに他の居心地の良い世界に逃げ込みます。で、ついつい息子と遊んじゃう。
だからなかなか解決しない。でも今の現実に妥協することも出来ない。

私は悩み疲れると、息子が寝てしまって遊び相手がいない場合、湯のみに桃のネクターを注ぎ、
youtubeで中森明菜を大音量で聴いて「泣けるねぇー」と呟いています。
なぜか今、明菜が心に響きます。また、酒が弱いもので...桃のネクターなのです。
早く宇之介が起きてこないかなぁー...。

・・・うーん。
どうもコラムになるといつも弱気なことばかりを書いているような...。
コラムという逃げ場を見つけ、自分の弱さをただつらつらと綴っているだけのような。
どうもいかんです。

次回のコラムは少し明るいものにしようと思います。
春が近いと言ってもまだまだ寒い日が続くでしょうから、どうぞお身体ご自愛下さい。

 

 

神津善之介

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