神津 善之介 公式サイト

2009年7月


もう7月も後半になってしまったが、6月の旅行の話を書かせてもらう。

しかもその6月の涼しかった北欧の話を、8月間近の太陽がジリジリと照らすリスボ
ンのホテルで書いている。(残念ながら、ポルトガルにいる理由はバケーションでは
なく、画廊との打ち合わせである)

さて、机の上に北欧へ持って行ったノートを広げて書いているのだが、この30度も
後半の暑さの中では、涼しかった北欧の事を書くのになかなか感じが出ない。
だからとりあえずムードを出すため、部屋の冷房を風力最強にしながら書いている。

今月のコラムも先月同様長くなるので、お急ぎの方はお暇な時に読んで頂きたい。

6月、僕はずっと訪れてみたいと思っていた北欧へと旅にでた。
北欧と言うとやはり「物価が高くてシャレにならない」というイメージがあったので、
貧乏絵描きとしては円が強い今年しかないと思い、やっと行くことができた。

今回はフィンランド、スウェーデン、デンマークを1週間で回ってきた。

1週間という旅程がいつもの旅行よりも短いスケジュールだったのと、1つの国に2、
3日しか居られなかったので、なんとも時間が足りなかったのだが、北欧は6月の輝
く太陽の下、短い夏を少しでも謳歌しようとする人や自然たちのエネルギーが溢れて
いて、とても濃密な旅だった。

また、僕の住むスペインとはまったく違う世界で、カトリックの国々を旅する事が多
い僕には同じキリスト教とは言ってもルーテル派の国は全くの別世界に見え、とても
新鮮だった。

常々書いているが、僕は緑や水辺の風景が好きだ。
そう言う意味で、フィンランドもスウェーデンもそしてデンマークも緑と水辺の風景
の宝庫だった。
今回の僕の滞在はヘルシンキ、ストックホルム、コペンハーゲンと、全て首都だった。
首都でさえいっぱいの自然が在ったのだが、いつかまた訪れる時は是非田舎に滞在し
ようと思う。
きっと田舎には僕が求める風景や、本当の北欧の底力を感じられる場所があるだろう
と思う。

僕は東京に生まれ育ち、親戚も少ないので、田舎を持っていない。
けれど、どうも都会が苦手だ。
人の多い所よりも緑や羊や牛が多い方が落ち着く。根が田舎者なのだろうか?

最初スペインに留学を決めた時も、家族に「スペインかぁ。あんたに似合うね。ヨシ
がニューヨークっていうのはどうもピンとこないものね」と言われた。

おっと、旅の話に戻そう。

まず最初にフィンランドのヘルシンキに3泊した。
このヘルシンキが一番長い滞在だったのだが、それは僕が勝手に抱いたイメージで、
ヘルシンキという街が一番何もなさそうだったからだ。
きっとそんな街には何気なくて、そしてもの凄く美しい風景があるんじゃないかと思っ
たのだ。

また、昔雑誌で見たヘルシンキの写真の風景がずっと頭に残っていた。
それはグレーの海に浮かぶ小さな島に家がぽつんと建っているだけのどうって事のな
い写真だったのだが、僕にはその風景が何かを訴えているように思えた。

そんな写真1枚を手がかりにして、見たい風景を簡単に見つけることなどできないだ
ろうと思っていたのだが、運良くヘルシンキに着いた日の夕方、一番大きなマーケッ
ト広場から出ている観光船に乗った時に写真と同じ場所を発見する事が出来た。

憧れの女性に会えたみたいにテンションが上がったのだが、動いている船の上ではと
てもスケッチもできないし、一瞬で島の配置やアングル、光の加減が変わってしまう
のでカメラでさえ、なかなか思ったようには映像におさめる事ができなかった。

結局まる2日、納得が行くまで何度も船に乗っていたら、6往復も船に乗っていた。
それでも完璧とは程遠い資料なのだが、財布が随分と薄くなってしまったので、自分
を納得させて、後は自身の目と頭の記憶に頼って絵にしようと思った。

残りの日は、街とそして近くの村(ポルヴォー)に行って、緑と水辺を追い求めた。
雲のないスペインと比べると、夏なのに雲が多く天候も朝昼晩でコロコロと変わるの
で、短い滞在の中で自分が求める風景に出会ったら、素早く写真とメモに情報を記録
するように心掛けた。

そして次はストックホルムに滞在したのだが、ヘルシンキと比べるともの凄く都会で、
市内ではあまり僕が求めるような風景が見つけられず、船に乗って郊外に行った。

郊外の村(FJADERHOLMARNAなど)は僕の好みの風景が広がっていたので、やはり気持
ちが高揚してしまい、同じ風景を何度も写真におさめ、マドリードに帰って見直すと
同じ風景が何枚も何枚も映っていた。

夕陽をキラキラと映す水面と、夏の太陽を黄色く透過させる木々の緑は本当に美しい。

僕にとって絵を描くという行為は、キャンバスの中に新たな観念で美を作り上げてい
くものでもあるが、それと同様に目の前に在る美しい現象をありのままに写し取る作
業でもある。

ベラスケスも「人間の価値とは、美、富、力などではなく、より深遠な、より感動的
な、そして悲しく劇的でさえある、存在するという単純な事実そのものにある」と言っ
ていた通り、彼自身も現実のあるがままの姿を忠実に写生している。

そのありのままに写し取るという行為をする場合、僕は自分の絵の力のなさに愕然と
させられる。
どれだけ本物が持つ美しさに近付けたのであろうか?と、いつも悩まされる。
絵を描く事は自分の欲求であるにも関わらず、本当の自分を知り、傷付く行為でもあ
る。

また、ストックホルムでは僕が大好きなノルウェーの画家「ANDERS ZORN」の作品を
国立美術館で見る事が出来てとても興奮した。
その後、彼の作品が郊外のプライベートの美術館にもあると言うのでバスを乗り継い
で見に行った。
やはり彼の絵は筆使いが素晴らしく、大変勉強になった。
ちなみに、彼自身の美術館はノルウェーのMORAという村にあるので、いつか行ってみ
たいと思っている。

旅の最後はコペンハーゲンだった。
この街は今までの2都市と比べると、フランスやドイツの影響を随分と受けているよ
うに僕には見えた。
街の中には、しっかりとした都市計画によって、沢山の公園や植物園があり、一生懸
命無理をして緑を植えているマドリードとは違い、そこらじゅうに、そして自然に緑
があった。
マドリードにいると排気ガスと埃がもの凄く、なかなか深呼吸なんてできないのだが、
この街では自然と深く空気を吸い込んでしまう。

この街の国立美術館は、僕が訪れた時のキューレーションがとてもユニークで、普通
では年代別か、国別に飾られる絵たちが、テーマ別に飾られていて中世絵画の隣に抽
象絵画があったり、イコン画の隣に現代作家の写真があったりして面白かった。

またヒアシスプルング コレクションという美術館は僕の知らなかったデンマークの
近代具象作家の絵が沢山あって、素晴らしい絵にもいっぱい出会えた。
これは思ってもいなかった報酬だった。

ところで、訪れた3国についての共通点なのだが、美に対する考え方が、ラテン人達
よりも日本人に近いように思った。

メンタリティーでも、北欧の人たちはモラルが高く協調性を大事にする為、内にスト
レスを溜やすいようだ。自我を大切にしてわがままと言われようが、その分人生を楽
しもうとするラテン人とは違う。

また北欧の人たちはデザインの才能に長けている。
北欧デザインのシンプルでユニークな色彩のコンビネーションや線や形は、日本人の
感覚に似ている。
そして、いわゆる平面絵画よりも、テキスタイルや工業デザインのようなものの方が
盛んだ。
日々使うものを合理性を重視し、使いやすく美しくデザインする。
そんなところも日本人と似ているように思う。

ラテン人のデザインはもっと複雑で派手だ。

どちらも自然の中から美を探し出しているのだが、日本人や北欧の人はそこからいろ
いろとそぎ落としてシンプルにする。
ラテン人は自然の複雑さや混沌さを表そうとする。

どちらが正しいと言う問題ではなく、それぞれが正しいのだ。

ただ、僕の考えでは、北欧や日本人的なメンタリティーでは絵画や彫刻の世界ではラ
テン人のような巨人は生まれ辛いと思う。(勿論、ムンク、ハンマースホイ、ネルド
ルなどの巨人もいるが...)

なぜなら絵や彫刻は”無駄”なものだからだ。

しかしこの「無駄」なものこそが身の回りや環境にとって必要なのではないか、人が
生きる上でとても大切なのではないか、と僕は思う。

そして真面目さに欠けるラテン人こそ、その「無駄」なものに人生や全身全霊を注ぐ
ための真剣さを持っている人種なのだと思う。

辞書でみるとほとんど同じ意味になっているが、僕にとって真剣と真面目は少し意味
が違うように思える。
そこに「芸術においてのラテン人の強さの秘密」があるような気がする。

そんな事を考えながら絵を見た後、公園の中で日がな一日、木々が水面を揺らす風景
を眺めていた。

そして、ふと気がついたのだが、僕の求める風景は目の前の映像の一部を切り取るも
のが多く、あまりモニュメント的なものは描かない。
だから、この風景を描いて「デンマークの風景です」と言っても、その絵はスイスに
もマドリードにも日本の風景にも見えるだろう。
でもこの風景はデンマークにしかない。

どこの街にもありそうだけれど、どこの街でも良い訳ではない。
どぉーってことの無いもの。何気ないもの。でも、愛おしいもの。
僕はいつもそんなものを探している。

アトリエで絵を描いている時はそんな事を考えたりしないのだが、揺れる水面を眺め
ているといろんな事を考える。
昔、絵の師匠によく「距離を持って絵を見ろ」と言われていたが、多分こういう時に
僕は距離を持って自分を見ているのかも知れない。

人間は短距離を全速力で走っている時は走る事に夢中になってしまうが、ゆっくり歩
いたり、立ち止まったりすると、色んなものを見たり考えたりする事ができる。
今回は絵の取材に来て、幸運にも次に描きたいモチーフを見つける事もできたが、忙
しいとあまり考えないような事もいろいろと考えることが出来た。

「やっぱり、ここに来て良かった」と思った。
そして、いつかまたゆっくり来たいと思った。

今月も大分長いコラムになってしまい、申し訳ない。

おぉっと、随分前から後ろのベンチで昼寝している嫁の開いた口に、小枝を生けてお
いたのだが、今見たら人集りができているではないか!
怖いので、僕は関わらないようにそっとその場を離れることにする。

さぁ! 旅から戻ったら、日本の個展に向けて制作活動も少し小走りで行こう。

P.S
フィンランドでの旅の間、気にしてム−ミンを探していたのだが、とうとう会えなかっ
た。
人から聞く所によると、ム−ミンは電話帳くらいの大きさしかないらしい。
だから僕には見つけられなかったのだろう・・・残念。

ちなみにム−ミンではないが、バーバパパの後ろ姿はスウェーデンで何回か見かけた
のだが...。

ラストスパートの7月

神津善之介

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