年頭の個展では、多くの方々に私の新作を観て頂いた。

ここ数年の試行錯誤の末、考えすぎて自分では良いのか悪いのか分からなくなっていた絵だが、自分が描きたいようにだけは描いてきた。

それを皆様に観て頂いた訳だ。

一人のアトリエで、自分の頭の中だけで煮詰め続け、独りよがりの結論を出した絵が、初めて第3者の目に触れ、 そこで頂戴するご意見には、幾つも貴重なものがあり、自分の絵に対する新たな発見や、今までやってきたことがそんなに間違っていないという確信、そして新 たに絵を進めて行く指標のようなものが持てた。

 

今回の個展は実験的な意味の強い展示だった。

いつもならばまずスペインなどで発表し、その評価なども加味しながら手直しして日本で発表するのだが、今回は最初のお披露目が日本だったので緊張した。

終わってみれば、自分自身にとって良い結果となった。

 

お越し頂いた全ての方々に心から感謝している。

 

そしてつくづく思ったことは「絵には本当に正解がない。けれどなぜか不正解は存在する」ということだ。

 

絵は音楽の演奏と違い、最低限のテクニックみたいなものを必要としない。

下手だからダメな絵、上手いから良い絵というようなことは決してない!

セザンヌのように一見下手なようだが、心にしみる絵は沢山ある。

アカデミックな絵画技法は学んだ後に一度全て捨てなければならないと言う人も居るし、ピカソだって「私は9歳でラファエロのような絵が描けたが、9歳児のような絵を描くために一生を捧げた」と言っている。

 

だからどんなスタイルで描こうとも正解はあるのだ。

けれど、何故かどんなに上手く描けていても、「この絵は全く訴えてこない!」

と言う絵もある。

そこが絵の不思議であり、面白いところである。

 

私は絵の正解は全く分からないのだが、不正解だけは感覚として何となく分かっているつもりなので、そうならないように心がけてきた。

しかし個展が終わってみて感じたことは、不正解でも良いと言う気持ちの結果にものすごい正解が隠れているかもしれないということだ。

 

まだ短い絵描きとしての人生経験の中でも、私が出会ってきた絵描きの中には、天才的に素晴しいと思うのだが、人からの評価がどうも少ないという絵描きが何人か居た。

また逆に売れている画家の絵でこんな絵で良いのか?と思うこともたまにある。

 

スペインでは自分が出したコンークールの作品は落選するとその絵を自分で倉庫に取りに行く。

受け取り証と交換に、落ちた作品達の中から自分の絵を探し出して持ち帰ってきたこともある。

そんな時、中には自分の絵は別として、なんでこの絵が落とされたのだろう?と思うような素晴しい絵もあった。

後日そのコンクールの入選作品展を見に行っても、やはり納得のいかないことも少なくなかった。

 

良い絵とは何なのだろう?

そして売れる画家、プロの画家とは何なのだろう?と考えてしまう。

 

売れてる絵の殆どが素晴しいと言う訳では決してない。

コンクールで大賞を取った絵がそのコンクールで一番素晴しいかどうか?は観る人間が勝手に決めれば良いことだ。

 

では、なぜ絵が売れたら嬉しいのか?

そしてなぜ人はコンクールに絵を出すのか?

 

私の答えは「金になるから」ではない。

自分のやっていることが正しいかどうか?

本当はそんなことは自分が決めれば良いことだ。

だが描き続けているとどうしても不安になる時がある。

その自分の弱さに希望の光を与えてくれることが大賞の受賞だったり、絵を買って頂くことだと私は考えている。

 

絵は安いものではない。その絵にお金を払ってまで、私の絵をそばに置きたいと思ってくれた人が居ると言う事実が私に光を与えてくれる。

またコンクールで私の絵に1票入れてくれたという事実が私の歩く路に光を点してくれるのだ。

 

きっと心の強い絵描きにとって絵が売れることや入選することはさほど大事なことではないかもしれない。

 

私にとって売れた絵というものは、お金を払ってでもその絵をそばに置きたいと思った人が存在したことをさす。

素晴しい絵かどうかは分からないが、その絵が確実に誰か一人の心を動かしたと言える。

 

では、絵のプロとは何だ?絵描きの場合、このプロと言う肩書きは非常に怪しい。

与えられた仕事をキチンとこなし、期日と点数を守り、売り上げの結果を出すことなのだろうか?それでその絵は事実素晴しいのだろうか?

上の条件の全てに反しているし、ハチャメチャな絵を描いているが、数枚だけ天才的な絵を描く画家もいる。

そんな絵描きを見ると、私なんかはこれぞ芸術家だ!と思ってしまう。

 

私は死ぬまでに、たった1枚でよいから素晴しい絵を描きたいと願っている。

勿論今まで発表した自分の絵がダメだと言う訳ではない。納得したからこそ手放した訳で、前に描いた絵の方が新たな絵よりも数段良い場合も多い。

しかし、それらの絵よりももっともっと良い絵を死ぬまでに描きたいと思って絵に取り組んでいる。

 

私は有り難いことに絵でどうにか食べて生きている。

だからと言って、プロだと思っていないし、とても売れっ子作家ではない。

ずっと画学生だし、悩み続けている。

 

私の理想の1枚。

目の前にある白いキャンバスを睨みながら考えてみる。

 

正解のない世界で、それにたどり着けるか私には分からない。

だが今回の個展でも、そんな覚束ない私の足下に灯りをともして頂いた。

 

もう少し歩き続けたいと思う。

 

皆様へ心からの感謝を送ります。

 

神津善之介 拝